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原爆で消えた姉へ 其の2 [原爆で消えた姉へ]

其の1の続き

 昭和8年にお姉さんが女学校を卒業し、私が入学しました。その年の夏休みに宝塚へつれていってくれましたね。あのときの演しものは「花詩集」でした。幕があき、プロローグの場面を今でも鮮やかに覚えています。以来私はクラスで宝塚キチガイと言われていました。男装の麗人小夜福子、葦原邦子の全盛時代でした。いまこの人たちもときどきテレビに出ていますが、若い人たちに往年のスターの話しをしても
「へぇ? あの人が?」
と信じられない様子です。お互いに年をとりました。あの頃のことは古きよき時代だったと言えるのでしょうか?
 昭和10年7月半ばのこと。かねてからお姉さんと縁談のあった軍人のお義兄さんが、突然広島の師団から満州へ転属となりました。出発まで1週間もありません。あれよあれよというまに結納、結婚式、荷造り、出発となりました。てんやわんやのなかで別れを惜しんでいるひまもありませんでした。絽の裾模様、紗の訪問着、丸帯など、結婚式に必要な着物を、宮島の叔母さんはうちに泊まり込んで、近所に住んでいる大きいお姉さんと二人で、徹夜で縫いあげてくださいました。別離のかなしみを味わうなどという閑がなかったのは、救いであったかも知れませんね。でもその後のお父さん、お母さんをみていて、私は遠い満州になど行ったお姉さんは親不孝だなぁと思いました。お姉さんからきた手紙をお母さんはエプロンのポケットに入れていて一日になんべんも、なんべんも取り出してみるのですから封筒はぼろぼろになっていました。お姉さんからのたよりはいつも明るいものでした。ときどき入っている写真をみると、家の前だというぶ厚い土塀の前で義兄さんや、同僚の奥さんたちと撮ったもの、なんだかあたりの風景も殺風景なところのように私には感じられました。またときには同僚の近所の若い奥さんたちとの生活も書かれていました。或るときこんなことも書いてありました。
「『私の郷里の広島はとても良いところですよ。気候はいいし、魚はおいしいし、春になると実家の近くの相生橋から衛戌病院までの川土手の桜の並木がとても素晴らしいのですよ。川の水はすきとおっていて、小さな魚が泳いでいるし、川底の小石もひとつ、一つ見えるんですよ』と近所の奥さんたちに自慢しています」
私などいつもあたりまえのように見ていた広島の光景だったのに、改めて教えられたようでした。外は何もない広野の中に、ぽつんと頑丈な軍の官舎、その中での限られたくらしが、故郷の広島を情緒ゆたかに思いおこさせて、望郷の念をつのらせていたことと思われます。満州とは少女の私にとっては、赤い夕日と見わたすかぎりの広野を想像するだけでした。冬は鼻毛も凍るとききました。でも室内はペーチカで暖かいともききました。
 秋になると広島名産の松茸を、せめてかおりだけでもかがせたくて、お父さんは市場から固いつぼみを買ってきて、ひとつ、一つていねいに脱脂綿をまき、ちり紙につつみ、紙箱にならべ、時間をかけて荷造りをして、郵便局に持ってゆかれるのでした。また、お正月前になると、自分が能美島の沖で釣ってきた「はぜ」を焼いて軒下にぶら下げ、よく乾燥させて送りました。お雑煮のだしに、瀬戸内海の味をあじあわせたかったのです。そして
「もう着いたかな?」「はぁ、なんぼうなんでも着いとるじゃろう」
 と、ご飯のときなど、なんべんも、なんべんも言われるのでした。でもこうして送ったものが駄目になっていたなどという手紙がくると、その落胆ぶりたるや見ていられませんでした。お母さんが
「だから私は、ああしたほうが良いと言うたでしょう…」
などと傍から言おうものなら、たちまち夫婦げんかになったりしました。
 そのうちにお姉さんは若い奥さんたちを集めて、お裁縫やお得意だったお料理を教えてあげているということでした。私はお姉さんがだんだんと本領を発揮してきたな、とほっとしていました。するとそのうち、子供ができない淋しさをうったえてくるようになりました。あとから結婚してこられた若い奥さんたちに、つぎつぎと子供が産まれました。いつもお姉さんは、よその赤ちゃんを抱いた写真を送ってきていましたね。この赤ちゃんが産まれるときに自分がどんなにお世話をしたかなどと、手紙に書いてありました。私も会ったことはないけれど、お姉さんのまわりの奥さんたちのことを、身近に感じるようになっていました。みんな故郷を遠く離れた地で、同じような境遇の人たちの結びつきは私の想像以上のものであったと思われます。

其の3に続く
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